「相手本位」の言葉かけ

 

だいぶ間が空きましたが、

 

4月に取得した同行援護従業者の

 

養成講座で学んだことの続きです。

 

 

 

3日間の研修で、一番強く訴えられていた

 

 

 

「相手本位」の言葉かけ

 

 

 

この研修に限らず、私の音楽教室の理念にも

 

つながる、大きな課題の一つでもあります。

 

 

 

違う言葉で言いかえると

 

「あなたはどうしたいですか」

 

ということを徹底的に大切にするということ。

 

 

 

同行援護というのは、視覚障がいを持つ方に

 

移動支援をする仕事ですが、

 

その障がいのために得られにくい情報を提供し、

 

その上で、ご本人に、自己選択、自己決定を

 

していただくことを前提としています。

 

 

 

例えば、養成講座で、ペアで行った演習では、

 

レストランに入った場面を想定し、

 

一人はアイマスクをつけて、支援を受ける側、

 

もう一人は、メニューを説明する支援する側

 

となり、役割を決めて体験実習をしました。

 

支援を受ける側は、何も見えない中で、

 

言葉として伝えられる情報を、頭の中で整理し、

 

何を選ぶかを決めていくことになります。

 

支援する側は、何も見えない方に、

 

A定食、B定食、和食セット、洋食セット、

 

デザート、ドリンクの種類やサイズ、

 

そして、それぞれの価格などを

 

できるだけ簡潔に、言葉で伝えなければなりません。

 

支援する側が、自分の判断で情報提供を端折ったりすると、

 

支援される側は、他のお客さんからの声で、

 

別メニューがあることに気づいたりもします。

 

そうなると、支援される側は、あれ?どうして?

 

と疑問がよぎってしまいます。

 

 

 

 

 

日常生活の中で、私達は、誰かに対して

 

良かれと思ってものを言ったり、

 

何かを決めてしまったり、

 

善意を持って行動したりすることがあります。

 

子どもに対してならば、親として、教師として、

 

大人として、こうすればいいのにと、

 

知らず知らずのうちに、自分の考えを

 

子どもに押し付けてしまっていたりします。

 

もちろん、その子のことを想ってしているのですが、

 

場合によっては、その子自身が選択するチャンス、

 

自分で決めるチャンスを奪うことになるかもしれません。

 

そうなると、どうなるでしょうか。

 

本当の意味での自立から、遠ざかってしまう…

 

そんな可能性があるのではないかと

 

私は思いました。

 

 

 

 

子どもではなく、大人同士であっても

 

自分のことが、相手や周りに決められてしまったら、

 

悲しい気持ちになるのではないでしょうか。

 

自分を一人の人間として認めてもらっていないような、

 

自分の存在が何なのかわからなくなってしまうような…。

 

 

 

 

いろいろ意見を言ったり、アドバイスをしたり、

 

それは悪いことではなく、必要なことでもあるのですが、

 

最終的に決めるのは、相手自身であるということ、

 

(相手が子どもであろうと、大人であろうと)

 

 

 

「あなたはどうしたいですか」

 

 

 

相手の自己選択、自己決定を保障すること。

 

そして、それは、裏を返すと

 

 

 

 

「自分はどうしたいのだろうか」

 

 

 

 

と、自分と向き合うことにも

 

なるのかもしれません。

 

人(親や教師など)から言われたから、とか

 

その方がみんなが丸くおさまるから、とか

 

誰かや何かに原因を委ねるのではなく、

 

ちゃんと自分で選択して、自分で決定して

 

実行していく…。

 

 

 

 

言葉で書くのは簡単ですが、

 

いろんな事情の中にいると難しいですね。

 

 

 

 

なので、日頃から、

 

相手の問題なのか、自分の問題なのか

 

判断できるようにしておくことも

 

大事なことかなと感じました。

 

そして、これがお互いを尊重し、

 

より良い関係を築くことに

 

つながるのではないかと思います。

 

 

 

 

 

同行援護従業者研修での

 

「相手本位の言葉かけ」の学びは、

 

私自身の人間関係にも、

 

とても大切な気づきを与えてくれました。