成人の日によせて

 

5年前に教職を辞めて、最初に就いた

 

社会福祉法人の福祉施設では、

 

毎年「成人・還暦を祝う会」を

 

法人全体で行っていました。

 

とても大規模な法人だったので、

 

文化会館といった公共施設を借りて

 

盛大に行っていました。

 

(たぶん今年も…)

 

 

 

 

成人(20歳)、還暦(60歳)の他に

 

30歳の方もお祝いしていました。

 

 

 

 

当時の先輩の職員さんによると、

 

「昔は、障がいをもつと、

 

20歳や30歳まで生きられなかった。

 

だから30歳、ましてや60歳まで

 

生きられるとはすごいこと、

 

だからみんなでお祝いするのよ。」

 

そんなふうに聞きました。

 

 

 

 

 

 

今年は、私の教職時代に、

 

ある小学校で1年生、

 

別の小学校で4年生の時に

 

担任したクラスの子ども達が

 

成人式を迎えます。

 

 

 

 

 

ある子は「早く大人になりたい」と言い、

 

ある子は「大人になりたくない」と

 

言っていました。

 

 

 

 

 

私自身は、どちらかというと前者。

 

子どものころ、私の親はとても厳しく、

 

ことにピアノの練習はスパルタで、

 

友達と自由に遊ぶことができず、

 

自分の思いを表に出せずに育ったので、

 

「早く大人になりたい」

 

というわけではなかったのですが、

 

周りの友達を見ていて、羨ましく、

 

不自由な時間をじっと黙って耐え、

 

早くなんとか抜け出したいと

 

いつもいつも心に思っていました。

 

 

 

 

 

 

そのせいなのかわかりませんが、

 

成長し、大人になってからも、

 

一見従順でおとなしそうに見える(らしい)

 

そんな私と話してみると、

 

意外に気が強くて、曲者(涙)と気づき、

 

そのギャップを感じる人は離れていき、

 

悲しい気持ちになることが、今でもあります。

 

相手の勝手な私に対するイメージが

 

そのような人間関係の破綻を招いているだけ…

 

と思いたいけど、かなり落ち込みます。

 

 

 

でもだからと言って、

 

人が望むイメージ通りに生きようとすると、

 

思考と行動にズレが生じて壊れていくので、

 

(実際に壊れた)

 

今は、他人が何と言おうと、

 

周りにどう思われようと、

 

自分に正直に忠実に生きることを

 

心がけるようにしています。

 

これも口で言うほど簡単ではないですが。

 

 

 

 

 

教職の時には、子ども達に

 

自分の良さを知ってほしい、

 

自分に自信を持ってほしいと、

 

いろいろな形で、いわゆる

 

「褒める」ことを

 

たくさんしてきました。

 

 

 

「褒める」ことが、

 

子どもにとっては、

 

「褒められたい」に変わっていく様を見て、

 

それは果たして、

 

その子自身が、本当に望む道だったのか、

 

その子が、本来生きたいイメージから外れて、

 

教師や親が期待するイメージ通りに生きる道を

 

促してしまっていたのではないかと思います。

 

 

 

 

 

小学校1年生の時に担任した教え子が、

 

20歳の誕生日の2日前に亡くなりました。

 

小学2年生に進級と同時に転校してから、

 

新しい学校や先生、友達になじめず、

 

「大人になりたくない」と

 

常に言っていたと後から聞きました。

 

そして、

 

家にひきこもりがちになった、その子が

 

唯一、心が癒されていたのは、

 

川沿いを歩いている時だったと…。

 

 

 

 

 

成人の日が来るたびに私は、

 

この教え子と

 

いつも見ていたという川の景色を

 

思い出します。

 

 

 

 

今現在起きている、

 

長生きが幸せかどうか、

 

疑問を抱かずにいられないような

 

社会問題は、決して他人ごとではなく、

 

自分のこととして受け止めるように

 

なってきたのは、ごくごく最近のこと。

 

 

 

 

それでも、生きている限りは、

 

生かされている、

 

何かやるべきことがあって、

 

そのために生かされている

 

そんなふうに思って今を生きています。

 

 

 

 

 

 

成人になった教え子たちが、

 

他人からの期待や世間体、

 

誰が決めたかわからないような

 

「常識」などにとらわれず、

 

自分の本来の道を生きることを

 

心から願っています。