川越市障害者福祉施設利用者交流会

 

(前回のブログより)

 

音楽教室つむぎうたの最初の生徒さまとの

 

出会いのきっかけとなった、

 

川越市障害者福祉施設利用者交流会。

 

 

 

 

この利用者交流会は、毎年1月下旬に、

 

開催されています。
 

私がピアノを弾く機会をいただいた2017年は、

 

“ 第18回 ” とプログラムに記されていました。

 

会場は、当時開館して2年になろうとする

 

ウェスタ川越の大ホールでした。

 

それ以前は、川越市民会館や文化会館で

 

行われていたようです。

 

「みんなのことば」として、

 

毎年、テーマが決まっていて、

 

たくさんある川越市内の障害者福祉施設から、

 

代表者が6、7名ステージに上がり、

 

テーマに沿ってスピーチをします。

 

そのスピーチに合わせて、BGMを

 

ピアノで演奏するのが私の役目でした。

 

 

 

 

 

私は教職を退職してから、川越にある、

 

大規模の障害者福祉施設で、正職員として、

 

就労支援の仕事をしていました。

 

その施設の採用試験の面接の時、自己紹介で、

 

教員時代に得意としていたピアノの即興演奏について

 

一言触れたことを施設長が心に留めてくださったようです。

 

正職員として勤めていた時に、何度か

 

このピアノ演奏について声をかけていただきました。

 

けれどその時は、新しい事業所の立ち上げに携わっており、

 

終電で帰る日も多々あったので、とてもピアノを弾くような

 

心の余裕が持てなかったので、お断りしていました。

 

けれど、日々の就労支援の中で、様々なことを感じ、

 

かつての教職経験と福祉の経験を生かせないかと

 

特別支援教育への道を踏み出すことに決め、

 

新しい事業所が開所して、1年以上経ち、

 

軌道に乗ったあたりで退職を決意しました。

 

ただ、この利用者交流会のピアノ演奏が心残りでした。

 

 

 

 

 

私は、教職の最後の時期に悲しい出来事と

 

大きな挫折感を抱いて教職を離れました。

 

そんな時に偶然立ち寄った、地元のカフェで、

 

川越の福祉施設での、新しい事業所の立ち上げに

 

携わる職員を募集している話を聞き、

 

まずはボランティアから始めました。

 

 

 

 

 

(今、このカフェはなくなってしまったのですが、

 

 なんと、現在音楽教室として借りている、

 

 音楽マンション「ミュージション」を扱っている

 

 不動産屋さん(支店)にあるカフェでした)

 

 

 

 

 

障がいのある方が、やりがいや生きがいを持って働くのを

 

サポートする「就労支援」という仕事を初めて知りました。


22年間務めた教職を手放すのは、とても苦しかったのですが、

 

この就労支援の福祉施設に採用してもらえたことは、

 

私にとって、大きな救いとなりました。

 

しかしながら、また新たな一歩を踏み出すことを決意した私。

 

せめてもの感謝の気持ちを表せれば…と、退職時に

 

施設長に利用者交流会のピアノ演奏のことを話してみました。

 

でも一方では、なんだかとても図々しいようにも思えて

 

「もし、だれも弾く人がいなかったなら…」と

 

遠慮がちに伝えて、その福祉施設を去りました。

 

2016年、真夏の出来事でした。

 

そのまま忘れられてしまっても構わないと思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

2017年、新年早々に施設長から連絡をいただき、

 

利用者交流会でピアノ演奏をすることになりました。

 

「みんなのことば」のテーマは

 

“ ぼくのわたしのチカラウタ  ”

 

これまでの人生の中で、辛い時や苦しい時などに

 

元気をもらったり、励みになったりした歌を

 

エピソードとともに紹介する内容でした。

 

お話をいただいてからすぐに原稿が届きました。

 

アニメの曲や童謡、演歌、流行りの曲など、

 

様々なジャンルの曲が書かれていましたが、

 

一人ひとりのチカラウタへの想いが深く伝わり、

 

すてきな交流会になることを願って練習を始めました。

 

 

 

 

 

 

久々に人前で弾くピアノ。

 

その頃は、企業に行って企業の仕事をする施設外就労という

 

別の就労支援の仕事をパートで行っていました。

 

朝起きてから1時間半。帰ってから3〜4時間以上。

 

毎日平均5時間は、自宅の電子ピアノで練習。

 

原稿を受け取ってから、本番まで20日間もなく…。

 

ヘッドホンをして夜中まで練習することもありました。

 

原曲を聴いてアレンジしたり、原稿を読んで録音し、

 

スピーチの文章とピアノが、どこで重なったらよいかなど、

 

あれこれと研究しながら、練習を重ねました。

 

 

 

 

 

ところが、これは今まで誰にも言わなかったのですが、、

 

急に集中して音楽を聴いたり、ピアノを弾いたりして、

 

かなり根を詰めてしまったので、本番3日前に、

 

持病の難聴症状と耳鳴りが出てしまいました。

 

メニエール病というもので、教員時代から

 

忙しくて根詰めると、時々この症状が出ました。

 

ひどい時には、めまいで倒れることもあったので、

 

「ああ、もうこれ以上無理はできないな」と

 

思いました。

 

どんなに練習しても、本番倒れるようなことになったら、

 

みんなに迷惑をかけてしまう…。

 

そう思って、やれるだけのことはやってきたのだからと

 

難聴症状がおさまらないまま、当日を迎えました。

 

 

 

 

 

当日のリハーサルは、ほんの数分だけ。

 

しかも、最初はスピーチされる方のマイクの調整が

 

うまくいかず、話す声が全く聞こえない…(冷や汗)

 

また、ステージ上のピアノ(スタインウェイ)の

 

音の大きさがつかめず、弱々しいタッチに。

 

音響の方が

 

「普通に弾いて大丈夫ですよ〜。

 

 こちらで音の大きさは調節しますので」

 

と優しく言ってくださるにも関わらず、

 

普通に弾くと、スピーチが聞こえず…(冷や汗)

 

気を引き締めつつ、内心こわごわ弾きました。

 

さらに最後の司会進行で私を紹介するのに、

 

数分のBGMを適当に弾いてと、

 

本番開始10分前に突然言われ…(冷や汗)

 

とっさに浮かんだ曲は、

 

「ありがとう」(いきものがかり)

 

「糸」(中島みゆき)

 

わわわわわわ、もう時間がない!!

 

キャ〜、助けて〜 と

 

とっさに選んだのは「糸」の方でした。

 

突如与えられたせっかくの機会。

 

ならばこの曲を、私を励まし続けてくれた、

 

会場に来ているある人のために

 

弾きたいと思いました。

 

まるで、神様が助けてくれたかのように、

 

司会のアナウンスの言葉の終わりと、

 

曲がぴったりそろい、鳥肌が立ちました。

 

 

 

 

耳の聴こえが悪く、いったいどうだったのか?

 

全く自分ではわからなかったのですが、

 

前職の同僚が「ピアノすてきだったわよ〜」

 

「糸、感動しました〜」と声をかけてくれて、

 

無事に終わってよかったなと思いました。

 

数週間後、難聴症状も治りました。

 

 

 

 

 

今年も、利用者交流会は開催されたようです。

 

私は、初めから、2017年が最初で最後のつもりで

 

ピアノ演奏を引き受けました。

 

今年は、どなたがピアノを演奏しているのかな〜と

 

どんなテーマでスピーチが行われているのかな〜と

 

利用者交流会に行ってみたくなったのですが、

 

仕事のスケジュールを調整できなかったので、

 

自分がピアノを弾いて以来、一度も

 

利用者交流会には、行っていません(残念)。

 

 

 

 

 

 

 

夢のようなステージ演奏でしたが、

 

あのような特別な時間を過ごせたことは

 

私にとって、生涯忘れることのない、

 

すてきな思い出になっています。

 

素晴らしい機会を与えてくださった方々に

 

心から感謝いたします。