“ 好き ” になる気持ち

 

先日、ある男の子と女の子の間で、

 

こんなやり取りを耳にしました。

 

二人とも小学校中学年くらい。

 

 

 

ある女の子が、おもむろに…。

 

「○○くん、わたし…。

 

 ○○くんと大げんかしていても、

 

 わたしは、○○くんがだいすきだからね。」

 

ほんの少しの間をおいて…男の子。

 

「うん、そのはんたいもあるからね。」

 

 

 

 

ん?男の子が答えた “ そのはんたい ” とは?

 

と、一瞬考えましたが…。

 

 

 

そうかー。

 

「ぼくもおなじだよ」ということだと

 

その後の会話でわかりました。

 

 

 

 

この2人はよくけんかするんだ、

 

それも大げんかの時もあるんだな。

 

でも、けんかするほど仲がいいっていうように

 

お互いに言いたいことを言い合えて、

 

それでも好きな気持ちは変わらない。

 

そんな信頼関係があるんだなと思いました。

 

しかも、けんかして、険悪な感じになったとしても

 

「好きな気持ちは変わらない」ことを

 

ちゃんと言葉で伝えている…。お互いに。

 

 

 

すてきだなと思いました。

 

 

 

 

 

 

 

また、別のある時には、

 

もう少し小さな男の子と女の子との間で

 

こんなやり取りもありました。

 

 

 

ある男の子が、勘違いをしてしまって、

 

自分の失敗に気づき、大泣きしました。

 

その男の子は、約束はちゃんと守るものと

 

普段から心がけていたのに、

 

思いがけず、勘違いをしてしまって、

 

約束を守れなかった自分が許せなくて

 

泣き出したように見えました。

 

それをとなりで、見ていた女の子。

 

いつも明るく、おしゃべりが大好きなのに、

 

その男の子が泣き出してから、ずっと

 

下を向いてただじっと黙っていました。

 

そして、これまで見たことがないほど

 

悲しい表情をしていました。

 

しばらく時間をおいて、ようやく

 

男の子が泣き止んで、笑顔が戻った後、

 

「ないしょね」

 

と女の子が、私のところにきて、

 

「○○くんが、わらってくれてよかった〜」

 

とそっと、ささやいてにっこりしました。

 

 

 

 

 “ 好き ” になる気持ちは、

 

何よりも、人としての心を成長させる、

 

尊いものだと感じました。

 

 

 

 

 

 

子どもの頃は、純粋に相手を見ているもの。

 

大人になるにつれて、相手を見る時、

 

その人を証明するような何か…で、

 

判断してしまうようになる気がします。

 

職業とか、学歴とか、資格とか、

 

役職のような肩書とか、年収とか…。

 

確かにそれらは、その人が自身の人生の中で

 

選択して得てきたものだから、

 

その人を表すものの一部だとも思えますが…。

 

 

 

子どもの前では、大人がどんなに取り繕っても

 

見抜かれてしまう。

 

子どもにとっては、証明する何かはいらなくて、

 

嘘偽りのない、ただその人の本質だけを

 

見ているように思います。

 

子どもどうしだったら、本質がわかるから、

 

ケンカしても好きなままでいられるのかもしれません。

 

 

 

大人になると、けんかしたらもう終わり、

 

大人になると友達はなかなかできない、

 

と言われたことがありますが、、、

 

大人になっても、ちゃんと目を見開いて、

 

お互いに本質を見ることを心がければ、

 

深い愛に基づく、信頼関係を築くことが

 

もっとできるのではないかと思います。

 

 

 

 

まずは、相手に求める前に、

 

自分が、本質を見る人になることから。

 

 

 

 

それにしても、子ども達は、いつも、

 

本当に大切なことを教えてくれます。

 

子ども達よ、いつもありがとう。