私とピアノとのつながり(学生時代)

 

今回は、私が学生時代にどんなふうに

 

ピアノとつながってきたかを綴ってみます。

 

それが、やはり、音楽教室つむぎうたの

 

土台になっているのかなと思うので。

 

 

 

 

 

私のプロフィールのページを見てくださった方は、

 

お分かりになると思いますが、私は音楽大学は出ていません。

 

ピアノを習っていたのも中学3年の夏までです。

 

 

 

けれど、小学校高学年の時、テレビやラジオで、

 

松田聖子さんや松任谷由実さんの曲を聴いて、

 

できるだけ原曲に忠実に再現してピアノで弾く

 

(いわゆる耳コピ)

 

という楽しみを見つけました。

 

ピアノの教則本に時間をかけて練習するのが、好きになれず、

 

だんだん耳コピやアレンジの方が好きになっていきました。

 

(今にして思えば、やはり基本中の基本である、

 

 ハノンやツェルニ―などはとても大事です!!)

 

 

 

そのうちに高い月謝を払って、教則本中心の、

 

ピアノレッスンに通うのが苦痛(というか罪悪感)になり、

 

中3の夏、部活(バドミントン部)引退とともに

 

受験に専念する意味も兼ねて、ピアノ教室をやめました。

 

 

 

 

 

 

進学した高校は、かなりの進学校だったので

 

勉強についていくのが大変だろうと

 

運動部に入らず、マンドリン部に入部しました。

 

文科系でしたが、体育会に近いほど活動はさかんでした。

 

私はマンドセロという低音部を担当するパートになりました。

 

主旋律を担当するマンドリンと違って、地味でしたが、

 

楽譜は写譜といって、すべて手書きで写していました。

 

マンドリン、マンドラ、マンドセロ、ギター、

 

ウッドベース、パーカッションで構成される曲。

 

なるべく、すべてのパートの音を把握し、

 

ハーモニーとして、曲全体のイメージを持てるように

 

ピアノで弾いてみたりしたことも…。

 

 

 

進学した私立大学は、心理学や社会福祉系の人間科学部。

 

教育学部は、教員養成に力を入れており、大学構内に


ピアノレッスンのためのレッスン室が50室くらいありました。

 

サークルは、またしても体育会のバドミントン部。

 

授業の合間やサークルの練習までの時間など、暇さえあれば、

 

ピアノレッスン室を予約し、例のごとく、流行りの曲や

 

お気に入りのクラシックのピアノ曲などを一人で弾いたり、

 

サークルの友達に聴いてもらったり…。

 

クラシックでは、当時はよくショパンを弾いていました。

 

(といってもそんなに難しい曲は弾けません)

 

流行りの曲を自由にアレンジして弾くのが好きで、

 

とにかく楽譜はほとんど買わず、

 

耳で聴いて弾けそうな曲を楽しんで弾いていました。

 

 

 

 

 

…ここで少し補足しておきますと、

 

私は認定心理士という資格を大学時代に取得しましたが、

 

当時は、心理学で食べていくなんて、あり得ないほど狭き道で、

 

社会福祉士制度もできたばかりの未知の世界でした。

 

心理学を生かせる仕事として選んだのが、小学校教師でした。

 

大学2年の時、他学部でも教育学部の科目を履修すれば、

 

取得できるという、専門教科を持たない最短コースを申し込み、

 

小学校の教員免許を取得しました。

 

 

 

 

 

音楽もピアノも、耳コピ中心の趣味の範囲でしたが、

 

大学卒業後、公立小学校に音楽専科として

 

採用されるなど、夢にも思っていませんでした。

 

 

 

 

私の人生は、常に、予測不能でした(今も)。